当社創業期の路面電車が里帰り

モ171

拝啓
 私は昭和5年(1930年)に近畿車輛の先輩の手で生んで頂いた低床式路面電車です。(生誕地は当時京橋にあった田中車輌大阪工場です。)
 爾来72年間、阪堺電車(正しくは阪堺電気軌道、昔は南海電鉄大阪軌道線)で皆様に愛され、平成14年(2002年)2月8日に定年退職いたしました。
 幼名は「電5形」成人してから「モ161形式・モ171号」と呼ばれ、昔は16人兄弟でうち3名(モ171〜173号)は田中車輌生まれの半鋼製車体です。当時まだ殆どの路面電車は架空線の高圧の電気を運転手さんが直接入り切りし、モーターを動かされていましたが、私は低圧でコントロールする画期的なシステムでした。長い現役人生でしたので楽しいこともありましたが、病を得て辛いときもありました。でも骨格(鋼製)と気持ち(システム)は生まれたときのままです。
 子供の頃は住宅地として急速に発展しつつありました平野線(昭和55年に廃止)で僚友と連結総括制御運転されていましたが、これは低床式路面電車としては日本で初めてのことでした。昭和51年にはワンマンカーとなり、活躍の場も平野線から阪堺・上町線になりました。その後も順次細部の若返り(近代化)を受けながら還暦を越えても走り続けました。しかし、平成13年から兄弟(モ161形)の勇退が始まりました。そして私、モ171号も頭述のとおり平成14年2月8日付で現役を退き、1年間阪堺電車で後輩の指導に当たっておりましたが、このたび生まれ故郷の近畿車輛徳庵工場で余生を「のんびり」と過ごすことになりました。
 外姿は皆様のお好みで何回もお色直ししましたが、里帰りを機に生まれた時の姿(色)にしていただきました。

平成15年(2003年)2月9日
   モ171号 敬白

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モ171室内 田中車輛名板 帝塚山3丁目付近 帝塚山3丁目付近
photo I. Amano
■モ171-主要諸元

車体寸法
4,363L x 2,438W x 3,732Hmm
固定軸距
1,625 mm
台車中心間距離
6,706 mm
乗客定員
90(座席/28)
主電動機
30kW×4

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